大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

神戸地方裁判所 昭和33年(行)18号 判決 1960年5月26日

原告 福永一二三

被告 兵庫県知事

主文

被告が昭和三十三年六月十九日付兵農開甲第九号を以て原告に対し、先行の昭和二十二年七月二日を売渡の時期とする原告に対する別紙目録記載の土地売渡処分を取消した処分は、これを取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、主文同旨、予備的に「被告が原告に対し昭和二十二年七月二日付でした別紙目録記載の土地買収処分が無効であることを確認する。」との判決を求め、請求原因を次のように述べた。

一、別紙目録記載の土地は昭和六年五月二十六日以降原告の所有で登記簿上は畑と表示されているが、昭和十年頃原告において宅地として訴外浜中鶴雄に賃貸し、同訴外人において豚舎を建築し養豚場として使用してきたものである。

二、被告は、自作農創設特別措置法に基づいて原告に対し、昭和二十二年七月二日付買収令書で右土地の買収処分をしたが、その後右土地が宅地であるのに誤つて買収したから本人に売渡すという理由で同法第十六条所定の農地売渡処分の形式を以て、原告に対し前同日を売渡の時期とする売渡処分をした。

三、ところが被告は、昭和三十三年七月二日原告に対し、前記原告に対する売渡処分が耕作者でない者に売渡したという違法のものであるから、これを取消す旨同年六月十九日付兵農開甲第九号を以て通知してきた。

四、しかし、その取消処分は次に述べるような理由により違法の処分であるから、これが取消を求める。

(一)、被告が昭和二十二年七月二日付でした右買収処分は、宅地を農地と誤認してなされた無効のものであるにも拘らず、被告はこれが有効であることを前提として前項記載の取消処分に及んだ違法がある。

(二)、前記昭和二十二年七月二日を売渡期日とする被告の原告に対する売渡処分は、実質的には被告が同日付でした買収処分が無効であることを認め、その買収処分の取消処分としてなしたものであるから、その手続に違法があるからといつて更にこれを取消すことは違法である。

(三)、また、被告の原告に対する別紙目録記載土地の売渡処分は、その土地を宅地として売渡したものであるから自作農創設特別措置法の農地売渡処分に該当するものでなく、したがつて、耕作者でない原告がこれを買受けてもその間に何等違法な点はない。

(四)、なお右の原告に対する売渡処分により、原告はその土地の所有者として公租公課を納付し、平穏公然善意無過失に十年以上も土地の占有をしてきたのであるから、時効制度の趣旨からいつても係争の取消処分は違法である。蓋し、瑕疵ある行政行為といえどもその取消により人民の既得の権利、利益を侵害する場合は、取消を正当化するだけの特別の事情がなければならない。

五、仮に係争の取消処分の取消が認められないとしても、先行の被告が昭和二十二年七月二日付でした別紙目録記載の土地に対する買収処分は、宅地を農地と誤認してなされたものであつて、重大明白な瑕疵があるから、その無効であることの確認を求める。

(証拠省略)

被告指定代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、「請求原因第二、三項の事実、原告が昭和十年頃からその所有の別紙目録記載の土地を訴外浜中鶴雄に賃貸していたこと、及び原告が別紙目録記載の土地の所有者として公租公課を納めてきたことは認めるが、その余は争う。」と答え、次のように述べた。

一、別紙目録記載の土地は登記簿上も現況もともに農地であつて宅地ではない。すなわち、訴外亡浜中鶴雄は、昭和十年頃原告から右土地を耕作の目的で小作料を年に米九升二合の約束で借受け、以来畑作に利用していたが、間もなく原告に無断でその土地の一隅にバラツク建の豚小屋を建て豚を飼育するようになつたが、昭和十二年頃支邦事変による応召(翌十三年十月頃中支で戦死)を受けて養豚を中止し、その後同訴外人の妻浜中すゑ子が右土地を畑として耕作して今日に至つている。

二、被告が請求原因第二項記載の原告に対する買収並びに売渡処分をしたのは、当時現地の北浜村農地委員会が、原告の申出に基づいて慎重な調査をなすことなく、違法な原告に対する売渡計画をたて、被告もまた十分な調査検討をする余裕のないまま違法な処分をしたものである。すなわち、自作農創設特別措置法に基いて買収した農地を、同法に基いて元の所有者に売渡すということは、その立法の趣旨からいつていかなる理由があつても許されない。仮に原告主張のように宅地を誤つて農地として買収したような場合でも、その買収処分の取消をすることはともかく、瑕疵ある買収処分を売渡処分を売渡規定に便乗して元の所有者に返還するということは絶対にできないのである。

なお原告は右土地を宅地として売渡を受けたというけれども、同法によつて宅地の売渡が認められているのは、同法第十五条の規定による農業施設としての宅地の買収並びに売渡以外にはないのであつて、係争の売渡処分がこれに該当するものであることは明らかである。

三、そこで被告は、右原告に対する売渡処分が本来無効のものであるが形式上存在するので、これが無効であることを宣言する意味でその取消処分をしたものであつて、この取消処分に違法な点はない。

四、また昭和二十二年七月二日付原告に対する別紙目録記載土地の買収処分は、その土地が前記法律第三条の規定に該当するいわゆる不在地主の所有する小作地として適法な手続により買収したものであり、これに違法ないし無効の原因は存在しない。

(証拠省略)

理由

原告が昭和十年頃からその所有の別紙目録記載の土地を訴外浜中鶴雄に賃貸したこと、被告が自作農創設特別措置法に基づいて原告に対し、別紙目録記載の土地について、昭和二十二年七月二日付買収令書で買収し、その後右土地が宅地であるのに誤つて買収処分をしたから本人に売渡すという理由で同法第十六条所定の農地売渡処分の形式を以て、前同日を売渡時期とする売渡処分をしたこと、被告が昭和三十三年七月二日原告に対し、右売渡処分が耕作者でない者に売渡したものであるからこれを取消す旨同年六月十九日付兵農開甲第九号を以て通知したこと、原告が右売渡処分後その土地の所有者として公租公課を納付してきたことは当事者間に争がない。

そうすると、被告の原告に対する本件土地の売渡処分は、自作農創設特別措置法第十六条の要件を満さない場合であるにも拘らず、被告が同法条によつて売渡したものであるから、法の定めるところに適合しない違法の処分であることが明らかである。

そこで、右違法は当該売渡処分を無効たらしめるかどうかについて考えてみよう。

成立に争のない甲第二、四号証、証人福永訓明の供述により成立を認める甲第五、六号証、検証の結果、証人岡田高雄の証言、原告本人の供述、並びに弁論の全趣旨を総合すれば、本件土地は登記簿上畑として表示されその実測面積が約百十坪位あるが、前記買収処分当時これを賃借していた訴外浜中すゑ子において、その地上西南部に建坪約二十八坪位の本造トタン葺平家建の建物一戸(元豚小屋)、及びその東側に接続して十坪余りの五、六区画に仕切つた煉瓦造の囲(豚小屋付属の施設)を所有し、これらの敷地部分以外を野菜畑として利用し、その割合がほぼ半々で、したがつて半分宅地、半分農地のような状況にあつたこと、原告は右買収処分後現地の北浜村農地委員会に本件土地が宅地である旨申立てたので、同農地委員会において現地を調査したところ右のような状況であることが判明し、これを宅地とみるのが適当であるという結論に達して、原告から本件土地を不在地主の小作地として買収したことの誤であることを認め、これを是正するためには原告に対し本件土地を売渡すことが一番軽便な方法であると考え、便宜その旨の手続をしたため、被告において右の理由を記載した売渡通知書を原告に交付して前認定の売渡処分をしたことが認められ、右認定を妨げるに足る証拠はない。

このように被告の意思に基づいて売渡処分がなされ、かつ、その内容が明確で法律上及び事実上も実現が可能のものである以上、これに前記のような違法が包含されていても、それは単に取消得べき瑕疵にとどまると解すべきであり、被告主張のように無効原因とすべき程重大明白な瑕疵であると考えることは相当でない。

次に、原告は右売渡の取消処分が取消権行使の制限に違反する違法のものであると主張するので考えてみよう。

およそ行政処分に瑕疵があつて取消し得る場合であつても、その取消権は相当の期間内に行使されなければならず、特にその取消により人民の既得の権利、利益を侵害する場合にはこれを正当化するだけの強い公益上の必要がなくてはならないと解すべきところ、本件においては前認定のように、被告はその売渡処分後約十一年を経過してこれを取消したこと、原告はその間本件土地の所有者としてその権利、利益を享受してきたこと、また本件土地は部分的には宅地の部分もあり、全部が農地であることは認められないこと等を併せ考えれば、係争の取消処分は取消権の行使に存する制限を逸脱した違法の処分であるというべきである。

よつて、係争の取消処分について違法があるとしてその取消を求める原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 森本正 麻植福雄 志水義文)

(目録省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例